母子像東京大空襲・戦災資料センター

来館された方の感想ノートから

センターの2階に置かれている「感想ノート」に記載いただきました内容は、すべて記録し、保存しています。今回は昨年6月から12月のノートから抜粋させていただきました。(2011年7月に発行された『戦災資料センターニュース No.19』より転載)。


明日に伝える

This is a very important center and the exhibits made a strong and deep impression on me. To have peace it is important to look at war with clear sight. Thank you for such a fine center.[C. T.]ここは大変重要なセンターで、展示からは強く深い印象を受けました。平和のために、くもりのない視点で戦争を見ることが重要です。このようなすばらしいセンターに感謝します。[C.T.さん]

は横浜の空襲の時は母のお腹の中にいて、戦後生まれたので戦争体験はありませんが、この資料館の記録のお陰で理解することができます。ありがとうございました。[江東区千石 B.T.さん(女性)]

町(江戸川区)で育った者として、センターに一度来たいとずっと思っていました。10万人超の民間人が殺されたのに、政府の責任もあいまいなままです。[品川区 N.M.さん(女性)]

子の小学校で東京大空襲について調べる課題が出され、家族でこの資料センターに立ち寄りましたが、地元に住みながらも存在すら知らなかったのです。[江戸川区 F.K.さん]

こに来る度に身が引き締まります。1人で街を歩き、戦争の跡を考えておりますと、人々の声が聞こえてきました。一教師として伝えていきたいと考えます。[江戸川区立清新小学校教師 N.H.さん(男性)]

は父と兄、妹と母全員で8人で深川三好町に住み、大空襲で父と兄を失いました。なきがらが見あたらないので、焼け跡の土を墓地に埋めました。[八潮市 T.H.さん(男性)]

徒動員で亀戸の軍需工場(第二精工舎)へ。3時半頃、歩いて亀戸に向かうために真暗い街中を歩き、両国橋まで行き、通行止めに会う。軍隊の人々に叱られ、迷ううちに明治座地下。蒸し焼きのマネキン人形のような遺体を軍用トラックに山積みにして運び去りました。生きながら焼けた遺体の山々の中を1日中歩き回りました。今、仲間と人々に語り、それをまとめて紙芝居製作計画に入りました。完成しましたら、お持ちします。[S.N.さん(82歳・当時高等女学校・女性)]

京に居ながら、なかなか資料センターに来る事が出来ず、今日はじめて見ました。私も大島2丁目で被災。もっと母親に聞いておく事を忘れてしまい、今残念です。思い立って今日来ました。[葛飾区 S.Y.さん(71歳)]

休みで孫(小学5年生)が泊まり掛けで来ました。私も当時小学5年生で、焼け出され、清澄庭園池のほとりで池の水をかぶり一命を取り止めました。現在77歳の年でも時々夢を見る事が有り、孫を連れて当館に来ました。[鴨川市 S.S.さん(男性)]

京大空襲は私の祖母が体験し、数回話を聞いたことがありました。私は今回、学校の課題ということでここに来ましたが、1人でも多くの方が東京大空襲の、戦争の恐ろしさを知ってほしいと思います。[江東区東砂 I.A.さん(女性)]

は71歳。夫70歳。夫は深川で空襲に遭い、母方の実家へ行ったとの事です。ビデオを見て、胸が痛んできました。[江東区北砂 S.Y.さん(女性)]

年父が亡くなりました。生前から、ほとんど自分の過去を語ることがなく、私達はその面影を胸にこの資料センターを発見し、やってきたという次第です。北砂町のその家の跡に立ち、通っていただろう小学校や高校の界隈を巡り、空気を感じてみたいと思います。この記憶と記録が残されることを祈ります。[埼玉県 M.Y.さん]

の親しい友人の母親は、隅田川で彼の目の前で死んでいったと言っていました。幸い、私は学童疎開で難を逃れましたが、私たちの家も失われてしまいました。母は、戦争の事を全くといっていい程語りませんが、私が子供の頃「あの公園行ってはダメ!下にいっぱい死体がうまっているんだから」とか、「隅田川の花火はしょうい弾を思い出して嫌」とかぽつりぽつりと言っていました。幼い少女の頃、空襲を体験し、ぬぐえないトラウマになったのだと思います。[若い女性の方]

争がもうおこらないような平和な世界にしたいと思います。[葛飾区立渋江小学校6年生 M.さん(女性)]

像を見て、思ってたよりとてもおそろしいと思いました。もう二度と戦争がおきないように、私も努力したいと思いました。[船橋市立三山東小学校6年生 R.さん(女性)]

の時代に産まれて来てよかったとつくづく思います。[川崎市立旭町小学校6年生 F.さん(男性)]

くは、小学生なので、もちろん戦争は経験していませんが、戦争は絶対反対です。[旭町小学校6年生 Y.さん(男性)]

争は悲惨なことはわかっている。生きたい…と思う力を今の社会に伝え、学習していかねばならない。[徳島県小松島中学校 M.さん]

しゅうはとてもコワイな〜と思いました。[江東区立第一大島小学校 K.さん]

れからも、このことを昔の人たちの思いをつぎたいです。[江東区立南央小学校6年 無記名]

度来ても、戦争の辛さを実感します。紙芝居をいろいろなところで演じ、伝えていきたいです。[芝商業高校SKB1さん]

の資料センターにある絵・写真・資料…それを残すのにどれだけの思いがあったのかと考えるだけで、涙が出そうになりました。3月10日は知らない人が多い。被災者の方よりは説得力に欠けるかもしれない。でも次の世代へしっかり私たちの世代で語り継がねばならないと強く感じました[千葉市 大学生の方]

んそうは、こわいなとおもいました。ばくだんがおちてくるってしらなくて、いきなりばくだんがおちてきて、びっくりしたとおもいます。おそろしかったとおもいます。いたくて、あつくて、だから川に入ってそれでしんでしまったのです。ほんとうは、しななかったら、みんなおじいちゃん、おばあちゃんになれたのにな。いまも、せかいでへいわじゃないくにがあります。もうこんなことは、やめてもらいたい。[市川市小学1年生 K.さん(女性)]