母子像東京大空襲・戦災資料センター

来館された方の感想ノートから

センター2階に置かれている「感想ノート」には、多くの方が感想を記入されています。当センターでは、すべて記録し保存しています。その中から一部を掲載させていだだきました。(09年2月に発行された『戦災資料センターニュース No.14』より転載)。


語りつぐ決意新たに

阪大空襲よりもひどかったのが東京だったと聞き、ぜひ訪れたいと思っていました。[兵庫県 S.K.さん(64歳・男性)]

10万人もの死者を出した東京大空襲は本当に恐ろしい。戦争を経験した祖父は、僕にあまり戦争について語ってはくれなかった。自分で戦争の事実を調べて、平和への意識を高めていきたい。[都立高校2年 男子の方]

じは28歳で、沖縄で戦死しました。母はただ一人の弟を失いました。おばは夫を亡くし、その後苦しい生活を余儀なくされました。いとこは父親の顔を知らずに生まれ育ちました。[T.S.さん(女性)]

ままで、せんそうのこわさがしらなかったけど、いまここで、せんそうのほんとうのこわさがわかりました。[S.S.さん(8歳・男性)]

後しばらくは、祖父が、夜中にガバっとハネ起き、「○○が帰ってくる。○○が帰ってくる」と、大空襲で殺された長男の名を叫んだ夜があったという。[川口市 H.R.さん(男性)]

空工業学校へ通学中に千住大橋を渡るとき、3月10日にやられた水死体が、或るときは上流へ、或るときは下流へ、毎日毎日何体も何体も流されていくのを見ました。あの惨状を目の当たりに見、体験した人が少なくなりました。このセンターが頑張っていることに感謝します。[I.K.さん(75歳・男性)]

が戦争に対する反省の教育をおろそかにしていることは恐ろしい。平和は戦争の恐ろしさを知り努力しなければ保てないと感じた。一人一人の努力! 声をあげていかねばなりませんね。[A.K.さん(男性)]

の祖父母、伯父、母、従兄弟、姉様は疎開をしないで天子様を守ると言って、渋谷の伊達町に当時住んでいましたが、幸いにも命はたすかりました。63年前のこと想い出しました。戦争は決してやってはなりませんネ。[Y.T.さん(女性)]

メイ将軍に自衛隊育成の功で日本政府が最上級の勲章を贈ったとは知らなかった。つい最近、航空自衛隊の最高幹部が「日本がやった戦争は正しかった」という論文を公表してクビになったけど、その精神構造がどうして出来上がったのか、自衛隊や政府の幹部にもまだまだそういう害虫が生息しているようだ。[A.T.さん(71歳)]

3月と8月にここへ来る事にしています。今回は又、スタッフの皆さんの努力でしょうか、新しい企画で、若い女性も見えていて、たのもしく思いました。これからも毎年来る事で、協力して行きたいと思います。[江東区 M.I.さん(男性)]

は伝える。[無記名の方]

の実父の兄は、陸軍の戦闘機乗りで、東京の防空のため、昭和19年にB29と戦い、戦死した。勝ち目のない戦争をいつまでもひきずった日本、上層部の無能さに責任がある。[新宿 Tさん]

爆忌あるに、なぜない3月10日忌。[無記名の方]

は神戸市にて被災しましたが、あの時の阿鼻叫喚だけが、今も胸の中にあります。私の人生はその時を境に大きく変わった。[江戸川区 O.K.さん(78歳・男性)]

ごく熱く、恐しく、苦しく、悲しく、くやしかったと思います。今生きていれば、楽しい生活もできたのに、何もできなくてごめんなさい。アメリカの人たちも見てもらいたいと思います。無駄な税金使うのだったら、東京・広島・長崎・沖縄と政府がお金を出して、年間何百人と、タダでツァーを組んで世界中の人に戦争の傷あとをしっかりみせてほしい。そんなにお金がかからないはずです。小学生からきちんと平和教育をしてほしい。何のためにこんなに殺されたのか、もっと若い母親に戦争のこわさを教えるべきです。いつか自分の子供たちがこうなるかもしれないということを。[主婦(45歳)の方

はテレビや祖母の話を聞いたりして、戦争って本当に恐ろしいものだと思っていました。今日も初めて見る映像などあり、とても驚いたしショックでした。でもこういうことが日本で起きていたということを、私もきちんと知っておかなければいけないと思いました。[I.A.さん(女性)]

争は絶対にしてはいけない、と思った。悲しい事である。人間がスミのようになっていたのには、はらだたしい。今、現在のアメリカも何を考えているか、わからない。こわい。私のおじさん(父の弟)も戦争に行ったが、何もなく死亡届けが来ただけだった。[N.S.さん(女性)]


平和への想像力を子どもたちとともに−−先生たちから

民が戦争に動員されていく様子、恐ろしさが伝わりました。東京大空襲で10万人が犠牲になったということがピンときませんでしたが、展示を見て、説明を聞いてやっとイメージがわき、又恐ろしくなりました。
校で「社会」を教えています。「資料を見て、戦争はなくなりますか」と感想を書いた中学生に、早乙女さんが「戦争をくい止める気持ちに力を与える(文章は違うかもしれませんが)」ような事をコメントされた話を、1年の授業の最初に高校生に伝えています。生徒を連れてまた来たいと思います。子どもたちに想像力を持てるように、それが教育の使命だと思っています。[北海道O高校 M.H.先生(男性)]

週、「太平洋戦争」の授業をします。戦争を知らない私たちが、生徒たちにどう戦争を教えるか、不安はありますが、持っている力を尽くし、生徒にとって「記憶に残る一生一度の授業」を目指します。[埼玉県 中学校 M.T.先生(男性)]

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