兵士たちの戦後史ー戦後日本を支えた人びと

アジア・太平洋戦争を戦った兵士たちは敗戦後、市民として社会の中に戻っていった。戦友会に集う者、黙して往時を語らない者……戦場での不条理な経験は、彼らのその後の人生をどのように規定していったのか。「民主国家」「平和国家」日本の政治文化を底辺からささえた人びとの意識のありようを「兵士たちの戦後」の中にさぐる。

著者:吉田裕
発行:岩波現代文庫
発行年月日:2020年2月14日
定価:1540円+税 販売価格:1500円
ページ:A6 382P
ISBN978:978-4-00-600416-3


日本軍兵士ーアジア・太平洋戦争の現実

310万人に及ぶ日本人犠牲者を出した先の大戦。実はその9割が1944年以降と推算される。本書は「兵士の目線・立ち位置」から、特に敗色濃厚になった時期以降のアジア・太平洋戦争の実態を追う。異常に高い餓死率、30万人を超えた海没死、戦場での自殺と「処置」、特攻、体力が劣悪化した補充兵、靴に鮫皮まで使用した物資欠乏……。勇猛と語られる日本兵たちが、特異な軍事思想の下、凄惨な体験を強いられた現実を描く。アジア・太平洋賞特別賞、新書大賞受賞

著者:吉田裕
発行:中公新書
発行年月日:2017年12月25日
定価:820円+税 販売価格:800円
ページ:新書版 228P
ISBN978:4-12-102465-7


当センターの新型コロナウイルス感染症拡大予防ガイドライン

東京大空襲・戦災資料センターの新型コロナウイルス感染症拡大予防ガイドラインはコチラから⇒東京大空襲・戦災資料センターにおけるガイドライン


戦災資料センターニュースNo.36号より転載

―大人世代- ★ニューヨークから来ました。2016年に引き続き2回目となります。前回はイラク戦争とアフガン戦争に行かされた元芸軍兵士と来ました。今回はベトナム戦争中に海軍の看護師だった女性の元米軍人と来ました。どうしてもここに来たかったそうです。私自身もここの意義をもっと日本の外の人々に知ってもらいたいと思います。日本にある米軍基地で働く人々はみなここを訪れるべきだと思います。また、当時の日本に植民地から連れてこられた人々が、ここで沢山殺された事実も、国の内外の人々に知ってもらいたいと思います。Rさん(海外在住) ★終戦の時、私は小学校5年生でした。3月の大空襲のあと。20歳位の奇麗なお姉さんが大やけどをして、お兄さんの家に逃げてこられました。終戦になってから何十年、私が70歳を過ぎてから、その仲よしの子とやけどをしたお姉さんの話をしました。両手をやけどで使えなくなったあのお姉さんのトイレのあと「家のお母ちゃんがお尻を拭いていたって」と聞きました。毎日毎日お尻を拭いてもらわなければならなかったあのきれいなお姉さんのこと、思い出しました。一番辛い話は60年位たって、やっと話せるものなのだと思いました。 無記名 ★府中の従兄宅に縁故疎開をしていた、当時、江東区明治小学校6年生の母は、爆撃が小休止している間に卒業式を行う、という学校からの通達で、深川清澄の自宅に戻ってきた。その日1945年3月9日の夜半にサイレンが鳴りひびき、炎の海を両親と逃げた。あの日のことの記憶は、「とにかく強い風が“ごうごう”と吹き、寒くてガタガタとふるえた」ことだそうだ。翌日、母の身を案じた年上の従兄が府中から自転車で迎えにきてくれ、一緒に府中へ戻ったとのこと。その母は今年88歳を迎える。毎日口ゲンカするほど元気で口も達者だ。そのことをとてもありがたく思う。あの日炎に焼かれ、あるいは窒息し、水におぼれ、無念のうちに命を落とした10万の人びとがいたことを私たちは永遠に忘れてはならない。本日、ここに来て改めて感じた。Yさん   ★子どもの時に早乙女さんの「猫は生きている」を読んで以来、空襲の悲惨さ、戦争の愚かしさを忘れてはいけないと思い続けています。どうしたら世界から戦争がなくなるのか。とにかく、語りつないでいくしかないと思います。難しい時代ですが、ここは貴重な場です。これからも活動を続けてください。私も子どもたちに戦争の悲惨さを伝えていきます。Tさん(名古屋市在住)

―若い世代- ◆ぼくはこの博物館に来て、あらためて、せんそうは、ぜったいにやってはいけないと思いました。なぜかというと、せんそうのためにうそや、びんぼうな生活をしなければいけないからです。でも、それより、もっともっと大切な事があります。それは「命」です。ぼくは、これからもっと「命」を大切にして生きていきたいです。小学校4年 戦争を経験していない僕でも戦争は絶対無い方がいいと思う。何か敵対する事情があっても戦争以外に方法はあると思うし、戦争でなければ死者は出ずに済むと思う。これからの日本、これからの世界が戦争を生まないことを願う。やっぱり対話が一番いいと思う。 中学校2年 ぼくは戦争のちしきはぜんぜんありませんが、ぼくの家には神社があります。その神社にぼうくうごうがあります。そこは、とてもくらく、ぼくはそんなところは、死んでもはいりたくありません。けど昔の人は、へいきで入るからすごいとおもいました。これからも戦争がない、いい日本になったらいいなと思います。小学6年 この資料センターをおとずれて、あらためて戦争の怖さを知りました。世界の人々が平和への一歩ふみだせると良いと思いました。社会の授業で行う戦争の話よりもここの資料センターのほうがとてもこまかく戦争にふれていてとても分かりやすく、勉強になりました。また、ここをおとずれたいと思います。中学校2年


戦災資料センターニュースNo.35号より転載

2019年7月1日掲載

★母の友人が戦争・東京大空襲の語り部をしていました。1月、急な病で、救急車で病院へ着き、娘さんに「死にたくない」と言っていたそうです。語り続け、伝えたい気持ちが強かったのだと思います。私の父が戦時中にいただいた寄せ書きの日の丸の旗を、うもれさせるよりも何かの役に立ててもらいたいと、その方を通じて、こちらの資料館へ寄贈させていただいたこともありました。母の友人は3月初めに神に召され、3月10日に前夜会でした。3月10日は、東京大空襲の日でもあり、彼女はお話をする予定で、チラシも作られていました。彼女の思いがつまった3月10日―。忘れてはいけません。語り継ぐこと、大変なことですが、必要なことです。平成が終り、次の世でも戦いのないことを祈ります。


館長ごあいさつ

(戦災資料センター・ニュースNo.36より) 少し時期遅れになるかもしれませんが、明けましておめでとうございます。多くの方々に励まされ支えられながら、東京大空襲・戦災資料センターも新しい年を迎えることができました。改めて感謝申し上げます。本年は展示リニューアルの完成というセンターにとって大きな節目の年となります。今まで以上のご支援をどうぞよろしくお願いいたします。お正月に片渕須直監督の「この世界の片隅に」を、娘と一緒に(ここが重要)見てきました。呉軍港を舞台にして、人々の日々の生活の営みの中から戦争の残酷さ、不条理さを描いたみずみずしい作品です。さりげなくではありますが、植民地支配や軍隊と性の問題を取り上げていますし、呉空襲や原爆のシーンも迫力があります。特に原爆の爆風のすさまじさが強く印象に残りました。映画を見終えてふと考えたことは、原作者のこうの史代さんに東京大空襲の漫画を描いてもらえないかということでした。こうのさんは『夕凪の街 桜の国』以来、私の好きな漫画家の一人ですが、そのこうのさんに直接お会いして、東京大空襲の漫画をお願いする。これが私の「初夢」です。

 


「東京大空襲を語り継ぐつどい」を3月7日に開催します!

東京大空襲から75年。東京大空襲・戦災資料センターも開館18周年を迎えます。

日時 3月7日(土)13時30分~16時20分

会場 江東区深川江戸資料館2階小劇場

詳しくはコチラから→東京大空襲を語り継ぐつどい


年末年始 休館日のお知らせ

12月28日(土)~1月4日(土)まで休館いたします。

1月5日(日)より通常開館いたします。

1月6日(月)1月7日(火)は定例休館日です。

よろしくお願いいたします。


10月12日、13日は台風のため臨時休館します

台風19号により大荒れの天候が予想されますので、10月12日(土)13日(日)は臨時休館といたします。

ご了承ください。


あのとき子どもだった―東京大空襲21人の記録

センターを拠点に空襲体験をお話している21人の空襲体験者たち。
あの空襲から74年が経ち、お話が出来る体験者は、当時、子どもだった世代が中心になってしまいました。
そんな今だからこそ、「生きた証」として書き残し、戦争・空襲のことを知らない世代に伝えたい。その想いから、体験者たち自らが中心になって執筆・編集し、1冊の体験記録集が完成しました。
ぜひ、体験者たちの体験と想いを受けとめて、今、「平和」を考えるきっかけにしてください。

編:東京大空襲・戦災資料センター

判型:A5版 276頁

発行:績文堂出版

発行日:2019年3月10日

定価:本体1500円+税

ISBN978-4-88116-050-3