戦災資料センターニュースNo.42 より転載 —◎私は修学旅行で来ました。資料の中に水死体、焼死体の写真があり、とても不思議な感覚になりました。今にも動き出しそうな人が川に眠っていて、本当に亡くなっているのかなと思いました。水死体の中には、若い人が多くて、なぜ こんな若い人が亡くならなければいけないのかなと思いました。とても今まででは考えられないことがほんの数十年前まで起きていたことを忘れずに、これから生活し、生きていこうと思いました。ありがとうございました。(徳島県中学2年生)
◎息子とこのような施設があることを初めて知り、来てみました。母や祖母から実体験を聞いていましたが、実際に写真や資料を目にして、改めて悲惨さを思い知らされました。東京大空襲を伝える施設がここしかないということは、びっくりです。しかも寄付でできたなんて。もっと、この出来事を後世に伝えていくべきだと痛感しました。(主婦50歳)
◎鹿児島から来ました。戦争のひさんさ、平和な世の中という博物館が多い中で、戦争の現実、人の生き方をみせつけてくださる場所は少ないと思います。事実からどのように生きていくか、どんな世界にしたいかを考えさせられました。来てとてもよかったです。(特別支援学校教員40代)
◎亡くなった母は秋田(男鹿)から勤労奉仕で巣鴨に来て、何かを縫っていた(軍需工場で)と聞いていました。そこで3月10日の空襲にあい、数か月後命からがら秋田の家に帰ったそうです。家に帰った時はかわりはてた姿だったようで、親達は大変驚いたそうです。生前、戦争やその時代の様子の映像がTVなどから流れてくるとすぐ消したり、また空襲の話はめったにしませんでしたので、よほどつらい体験だったと思います。もう少し詳しく聞いておけばよかった。彼女が生き抜いてくれたおかげで私がいるので、そのことをたしかめたくて、ここに来ました。ずっと来たかったです。(神奈川県50代)
一覧へ