戦災資料センターニュースNo.41 より転載

—子ども世代—◎中学校での郊外学習として来て、事前に戦争・東京大空襲について学んでいましたが、実際の資料を見るととてもひどい状況で、悲しくなりました。今の中学生は勉強したり、遊んだり自由に出来るけど、当時の中学生は遊びを自由に出来ず、働いているだけで生活をしていると思うと、現代がどれ程良い世の中なのかと思いました。

今、ウクライナがロシアに侵攻されていて、現地の人達も自由に生活出来ないと思うと、胸が痛くなります。今日学んだことを、他の人にも伝えていけたら良いと思いました。(無記名)

◎東京大空襲については、塾をはじめたくさん耳にする機会がありますが、その殆どは写真や文字のみで”悲惨だ”とはあるだけで、やはり心に全く訴えかけてこないというのが、正直なところです。今回、母に勧められた時も、行く意義・意味・メリットが感じられず惑いました。戦争についての悲惨さなどについては人一倍鈍感と思いますが、今回の来館では、実物大の焼夷弾を見たことによりおそらく過去―のものであろうと思われるほど、身の危険を感じました。あの鉄の塊のような物体が降ってきたら、ひとたまりもなかったと想像します。

現在進行中のロシア、ウクライナ侵攻についても、いつも通りの平和な日常から急にこのような戦時下になってしまった庶民の方々を考えると、いたたまれない憐みを感じます。私はキリスト教系学校の生徒で、ボランティア活動などもよく聞く方なのですが、実際に有事の時に何か解決できるような力が果たして私達にあるのかと思うと無力を痛感します。やはり祈ることしかできないのか、戦争を終結、起こさないようにすることは果たして実現可能なことなのでしょうか。学校などでは”反戦”などとクリアーに言いますが、どうすれば、どのような立場の人がどのように振舞えば何になるのか、もう少し考えてみたいと思います。貴重な資料を展示して下さり、ありがとうございました。(神奈川県中学校2年男子)

—大人世代—◎サークルの活動で訪れました。東京は大都会だという印象しかなかった田舎者ですが、この施設に来て、東京が少し変わりました。数字でしか今は会えない人達にも”命”があり、それは歴史の一部となっている。国の策に踊らされていたのは、大人だけでなく多数の子ども達だった。戦争孤児、子どもを亡くした親、強制的に連れて来られた朝鮮人の方々。戦争で苦しい思いをしたのは、軍部よりも庶民らだった。今ある命を精一杯生きようと思った、まではいかないが、東京の地を踏んでいる以上、80年前にあった悲劇の歴史を忘れないようにしていきたいと思いました。(無記名)

◎国民学校一年生の会の仲間21人で見学させてもらいました。早乙女さんたちのお力で記録されたフィルムを見せていただきました。橋本代志子さん、山陽堂さんたちのお話がリアルで、当時のことがよく伝わってきました。とても良いフィルムです。ありがとうございました。勝元様のご冥福をお祈り申し上げます。(O・M)

◎館長さんの「記録しないとなかったことになってしまう」という言葉に心を打たれました。伝えてくださり、ありがとうございます。(江東区在住)

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