巻頭言

(戦災資料センター・ニュースNo.43より)先日、私の蔵書1万冊を寄贈した韓国の嶺南大学にある「吉田裕・石梧文庫」を表敬訪問しました。3年前に大学を退職した時、一番頭を悩ましたのは、古いけれど広くて天井も高い研究室に山積みになっている蔵書の処理でした。自宅はマンションで、家に持って帰るという選択肢はあり得ません。どうしたものかと思い悩んでいたところに、救いの手を差し伸べてくれたのが、知人の韓国人歴史研究者と石梧文化財団でした。そのおかげで私の蔵書は嶺南大学に引き取っていただきました。私の場合は幸運な事例ですが、大学を退職する先生たちが、蔵書を処分する場合も少なくありません。昔であれば貴重な図書は大学の図書館に寄贈することもできましたが、現在では、それはほぼ不可能です。大学図書館には人員の面でも予算の面でも、そうした余力はもうないからです。一方で専門書を取りあつかう古書店も減少しているため、退職の時にやむなく蔵書を捨てていくことになります。この国の文化行政の貧困さを改めて実感します。気になるのは戦争体験記などの行方です。こうした体験記は私家版・非売品などの形で刊行されることも多く、一般の図書館には所蔵されていない場合も少なくありません。そうした体験記が「遺品整理」の時に処分されているという話をよく聞きます。戦争体験記は先人たちが次の世代に残してくれた貴重な財産です。その散逸を防ぐために、知恵を絞るべき時に来ているのではないでしょうか。

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