(戦災資料センター・ニュース No.29より)
当センター初期の語り継ぐ集いで、作家の西村滋さんに講演をお願いしたことがある。大変好評だったが、その西村さんの訃報が届いた。漫画チックな似顔絵の上に、こう書かれている。
生きる よろこびを/食べさせていただきました
みなさんの友情を/おいしく頂きました
ありがとう さようなら
「献体2016年5月21日」を書き入れるだけの書式で、享年91、あて名まで本人の手書きである。ぬかりなく生前に用意していたものと思われる。映画化された名作『お菓子放浪記』(講談社文庫)を始め、生涯を通じて戦争孤児のことだけを書き続けてきた氏の旅立ちに、感無量だった。
たまたま時を同じくして、当センター監修での『東京復興写真集1945~1946』(勉誠出版・価1万円+税)が刊行された。戦後の廃墟から立ち上がった人びとの日常を伝える大写真集だが、この本にも焼け跡や駅構内に群がる戦争孤児のスナップがかなりある。極端な飢餓の時代を、かれらはどう生き抜いたことだろう。私も飢えていた1人だったから、著者自身が孤児だった西村作品に共感し、自作のような愛着を覚えた。わが家での話し合いで、朝を迎えたこともある。
「戦争は絶対にダメだよ。戦争への道にはすぐにブレーキを、ストップを!」
そんな西村さんの声が遠くから聞こえてくるかのようである。西村さん、安らかに眠らずに、子どもたちの未来と、当センターの行く末を、あの世から見守っていてね。
さようならは、いわないことにします。